清流の湧く水源(すいげん)の町「水窪町(みさくぼちょう)」にある、栃もち本舗 小松屋製菓を御紹介します。
まず、始めに、ホームページアドレスに使われている5028?って?
これは、コマツヤ=5028(ゴマツヤ?)
ちょっと無理があるかも知れませんが「こ・ま・つ・や=5028」と読んでいただけると助かります(汗)
皆様に覚えていただきたく、あえてこの 「5028」 にしました。宜しくお願いいたします。
さて、本題の「小松屋製菓」の御紹介です。
当店の歴史と共に、水窪の昔懐かしいシーンも盛り込んだ動画もつくってみましたので、ぜひご覧ください!
小松屋の歴史
1926年 | 駄菓子屋として小松屋製菓創業 |
1940年代 | 小松屋喫茶部として人々の集う場所となる。 |
1960年代 | 小松屋の代表銘菓「栃餅(とちもち)」誕生 |
1970年代 | 和菓子だけでなく洋菓子も取り扱い開始 |
2009年より | ウェブショップ開設 |
2015年 | 店舗改築・ホームページリニューアル |
2026年 | 小松屋製菓 創業100周年 |
初代 義照の時代
創業は昭和元年、まだ「砂糖・米・小豆」原料そのものが貴重な時代に、祖父「義照」がお菓子屋を始めました。
当時は、今のような和洋菓子を扱うような店ではなく、カリントウやハクセッコウ(落雁)などを多く作り、あめ玉などの「駄菓子」も仕入れて販売する今で言うところの駄菓子屋さん的な存在としてスタートしました。
男女合わせて「10人」と言う子宝に恵まれた祖父「義照」。これだけたくさんの子供達を育てながら、職人として、事業主として、また、地域のリーダー的存在として。相当な苦労があった事と思います。
当時の水窪町の人口は、今の三倍程でした。しかも、子供が多く、お年寄りが少ない時代でしたので、畑で作業をする子供や、林業を営む若者が多く、貧しいながらも活気がある町であったと思います。
写真の「小松屋・喫茶部」の看板。喫茶店を営んでいたとは聞いておりませんので、おそらく井戸端会議の絶好の場所であったのでは?と推測しています。しかしこのネーミング。いかにも昭和の時代らしくて、個人的にはとても気に入っています。今の時代でも通用するんじゃないかな?って思ったり思わなかったり・・・。
アナログな店長としては、物がなくても、苦労が絶えなくても、「こんな時代にも生まれてみたかったなぁ~」なんて思う時が多々あります。
テレビも車もない時代。当然、パソコンもない時代、いいな~。
この不便な時代にお店を続けてくれた祖父「義照」に感謝。
二代目 康徳の時代
先代より伝わる「栃餅」。全ての工程を数十年間、守り続けております。栃の皮剥きも一つ一つ丁寧に行い、一切の妥協はいたしません。
祖父のおかげでなんとか第一歩を踏み出した小松屋喫茶部。長男、「康徳」の時代へと移ります。
この頃から、今の和洋菓子屋へと変わっていきます。
「康徳」の時代は、町が一番栄えた時代と言ってもいいぐらい、活気がありました。
小松屋でも、結婚式のウエディングケーキや引き出物、赤飯、おまんじゅうなどなど、色んな物をお客様に御提供させていただきました。
当時は「康徳」の弟、「勝治」さんも和菓子の職人さんとして小松屋でお菓子を作ってくれましたし、妹「久子」さんもスタッフの一人として小松屋を支えてくれました。
一番多いときは、小松屋のスタッフ、総勢6名の時もあったと聞いていますので、いかに忙しくばたばたしていたか、想像できます。
今では、小松屋製菓の看板商品となった「とち餅」も「康徳」の時代からお土産として販売するようになりました。
発売当初は浜松市の中心部へ行くと、栃餅はもちろん、「水窪町」の事を知らない人の方が多くて、まずは、商品の売り込みよりも、町の売り込みから始めていったと聞いています。お菓子屋としては、かなり遠回りな作業で、苦労したと思います。
今では各地で行われている「物産展」ですが、当時より積極的に行っていた「康徳」の物産展での売込みが今の小松屋製菓の礎となっています。
亡き父、二代目「康徳」にも感謝。
そして今。三代目「裕勤」は?
現在の小松屋製菓は、二代目より受け継いだ「栃もち」を中心に、色んな物を販売しています。
例えば、この「するめ」や「10円ガム」???。
和洋菓子を扱うお店なのになんで?って思われるかと思いますが、小松屋では代々、駄菓子・おもちゃ・釣具など、地域の方から要望があったものは、どんどん仕入れて、店頭に並べる「村の百貨店」的な事をしてきました。
私が修行先から帰ってきた十数年前にも、まだ、おもちゃや釣具は置いてありました。当時は和菓子を覚えて来たプライドみたいのがあって、純和風な店構えに憧れて、こういった物を置いておくのに抵抗がありましたが、年のせいなのか?、町に馴染んできたのか?、今では、全然気にせず、「これが家のスタイルです」って感じで、開き直っています。
今は、ちょっとした「駄菓子」を置いてある程度ですが、子供達がいなくなる頃には、この駄菓子もなくなっていくんでしょうね。悲しいけれど、これが現実。その時までは、この「村の駄菓子屋」も続けて行こうと思っています。
店内には、ホームページではご紹介していない商品もございます。
本来でしたらホームページをご覧のお客様に、もっともっとたくさんの商品をご紹介したいのですが、作り手が一人ですので、なかなか追いつきません。
当店の定番商品の他に、旬の素材を使ったお菓子もご提供しています。商品数が少ない分、全ての商品を私が仕込んでおりますので、品質、味には絶対の自信があります。
自信を持って言える事、それはお客様に安心してお召し上がりいただける物だけを販売させていただいている事です。小松屋製菓のシンボル、「福助くん」に誓います!
当店は地方の小さな小さな和洋菓子屋ではありますが、家族経営だからこそできることがあると考えています。出来る限り,「かゆい所に手が届く」お店を目指していきますので、これからも御愛顧下さいますようお願い申し上げます。
以上、「小松屋製菓の歴史と想い」についてでした。
ありがとうございました。